時を超えこれからも永遠に光り輝き続けるであろう、言わずと知れた手塚治虫先生のライフワーク。
チビッ子の頃、そのいくつかのエピソードを読んだ時、単純な勧善懲悪ではなく、主人公たちがひたすらひどい目にあって最後まで救われなかったり、輪廻転生を繰り返しつつ永遠に苦しみ続けたりする、神聖ではあるがハンパなく容赦ない残酷なラストが多くて「ん?なんらか変。アッチョンブリケ」となった。
すでに黒手塚の代表作の一つと言われるあの『アラバスター』などもチョイ読みしており、ちょっと「ん?」となったこともあったのだが、この頃はまだピノコちゃんばりに「手塚治虫せんせえは愛を語ゆ優しいマンガの神様らんよ。」と、きっとどこかで思い込んでいたかったのだ。
神は神でも「愛は地球を救う」などというお題目におとなしく収まるような優しい仏様ではなく、もっと恐ろしく容赦ない鬼面の一面も持つ方であることを理解するのは、もうちょっと大人になってからである。
そんな手塚治虫先生の人間を見つめるシビアで冷徹な心が静かに激しく燃えるような『火の鳥』シリーズ。
個人的にはマンガ原作ではない劇場用アニメ『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』が一番思い入れが深い。
他にもあの市川崑監督が撮った実写版など様々な映像化がされているが、ここでは80年代に作られた3本のOVAを紹介させて頂く。
『火の鳥』
『火の鳥 鳳凰編』
■監督:りんたろう
■1986年
■60分
このたび火の鳥が舞い降りるは奈良の時代。
誠実だったがしだいに権力に魅入られてしまう茜丸(あかねまる)。
カウント不可能なぐらいの殺人前科を持ちつつも、謎の美女・速魚(はやめ)との出会いと別れから悟りを得た我王(がおう)。
対照的なこの2人の仏師の命運を賭け、匠の技を競う彫刻対決が始まる。お題はズバリ!「火の鳥」!
原作にある時代設定シカトのギャグなどはすべてクールに排除したシビアな物語が、我らがミスター角川アニメ映画・りんたろう監督の凄まじい映像美で描かれる。
そう!
本作は正確にはOVAではなく、『時空の旅人』と同時上映された劇場用の角川アニメなのである。
当時、渡辺典子さんの名曲と共にテレビでCMがバンバン流れ「うおお!角川アニメ映画来た~!」とワクワクしたものだ。
また、コナミによってファミコンゲームにも転生!
我王が彫刻用のノミや錬金魔法のように生成できる鬼瓦で敵を倒し、障害を乗り越えつつ、ゴール目がけて横スクロールまっしぐら!
『スーパーマリオ』ミーツ『ソロモンの鍵』な、プレイ中、原作やアニメのことは全然思い出さない、コナミ印の良作アクションゲームになっている。
私には難しすぎて全然クリアできなかったが!
ゲームのことはともかく、アニメ版は作画クレジットにスーパーアニメーター・金田伊功(かねだ よしのり)さんの名が!
あのオンリー1な匠の技が『幻魔大戦』ばりに炸裂しているのは、おそらくこのシーンではないかと思うのですが…どうだろう?
『火の鳥 ヤマト編』
■監督:平田敏夫
■1987年
■47分
舞台ははるか昔、古墳時代。
敵対するクマソ国の長を討つ使命を背負い、旅立ったヤマト国の皇子オグナ。
しかし、訪れたその地で長の妹カジカと愛し合うようになってしまう。
使命と愛に引き裂かれるオグナの前に降臨した火の鳥が示した啓示とは…
高所にかけられた一本橋の上での命がけタイマン勝負、『アポカリプト』ばりの追手からの逃走など、スリリングなアクションを随所に盛り込みつつ悲劇的な愛の物語が描かれ、ラストで「ある残酷な慣習の廃止とそれに代わるモノ」のルーツが明らかになる。
観た時「こ…このことを後世に伝えるために火の鳥は…むごい!優しいメーテルと同じ声じゃのに、ぜんぜん優しゅうないのう…」と、正直思いました…
埋もれながら永遠に結ばれていく愛。
その証のように美しく流れ続ける絶え間ない笛の音。
それを聞いてるこちらが頻繁に深いブレスが必要になる、文字通り息が詰まる、切なくも荘厳な終幕をもたらした火の鳥に、きっと畏怖の念を抱くだろう。
優しいメーテルと同じ声じゃのに、ぜんぜん優しゅうないのう…
『火の鳥 宇宙編』
■監督:川尻善昭
■1987年
■48分
長期航行中の宇宙船が事故でクラッシュ。
コールドスリープから目覚めた乗組員たちが見たのは、航行管理の当番で一人起きていたマキムラの死体と「ボクハ コロサレル」というダイイングメッセージだった。
残された4人は、棺桶サイズのポッドにそれぞれ乗り込み、航行不能となった宇宙船から脱出。地球帰還の一縷の望みを抱き、宇宙空間を漂流する。
しかし…彼らの後ろから何かついてくるものが…
それは、死んだはずのマキムラの脱出ポッドだった!
…という興味深すぎる、謎知りたくなりすぎる上質のSFミステリーが展開。
監督は迷わず買いの神OVA「妖獣都市」の川尻善昭さん。
本作もさすが!赤と青と黒の特徴的な色使いが美しい。ちょっと劇画チックな川尻版猿田、百鬼丸たちも独特な魅力。
すべての謎が解け、人間の業がむき出しになる冷徹かつ神々しいラストに、鑑賞後しばし無言になること間違い無しの良作。