■監督:安濃高志
■1990年 餓鬼の章(50分) 天の章(49分)
1990年の作品。ギリギリ80年代ではない。
しかし、大好きな諸星大二郎マンガのOVA化作品なのでレビューさせて頂く。
子供の頃、よく立ち読みをしてた本屋さんのジャンプ単行本コーナーに、諸星大二郎先生の「妖怪ハンター」と「アダムの肋骨」が並んでいた。
チビッ子の頃からオドロ趣味全開だったので、諸星先生の描く妖しいタッチの表紙に魅かれ、手に取り開くも数ページで挫折。その後、何度かトライしてみるもやはり挫折。
「同じジャンプマンガでも《リングにかけろ》のバカでかいコマ割りとえらい違うのう!」と、失礼ながらほとんど読まずに棚に戻していた。
その頃はあまりにも私がバカすぎて、あの唯一無二の諸星ワールドを、何だか読みにくく感じていたのである。
諸星作品、特に短編集を餓鬼のごとくむさぼるように読むようになったのは大人になってからだ。
学者もビックリの膨大な知識、インテリジェンスを感じさせる着想。
丁寧にはられた伏線が見事に回収され、ラストでその作品の深いテーマが浮かび上がってくる強固なストーリー。
カケ編みとベタで表現された恐ろしくも懐かしい暗闇。手造り感あふれる独特なタッチ…
時々、諸星先生のことを「絵がヘタだ」とか言う人がいてビックリするがメチャメチャうまいわ!あんな絵のうまい方はめったにおらんわ!
しかも腱鞘炎がちょっと心配になってくるような濃密に描き込まれた絵にもかかわらず、あの膨大な作品数……
超人だ。静かに独特かつ強烈な光を放ち続けるマンガ界の巨星だ。
若い作家にもギラギラと対抗心を燃やし続けた手塚治虫先生が唯一名指しで「天才」と呼んだというやりすぎ都市伝説的エピソードも何だか納得。
あの高橋留美子先生も某雑誌のインタビューで「諸星作品の単行本はコンプリートしてます」と言っておられた。
そんなマンガ家が憧れるマンガ家、諸星大二郎先生の長編代表作とも言える「暗黒神話」。
私が持っている「暗黒神話」の原作本は一番最初に出版されたバージョンなのだが、表紙カバーの折り返しにジャンプコミックス名物《著者近影と作品のコメント》が載っている。
これは、一種のはめ絵遊びです。
古代史の材料を片っぱしからぶち込み、その一つ一つを関連づけながら事件が展開し、最後に全体を眺めると、ダリの二重像の絵のように全然別の新しい絵が浮かび上がってくる……
そういった緻密で壮大なジグソー・パズルをやってみたかったのです。
「やってみたかったのです」と言ってそれが実際できてしまうのは宇宙広しと言えど諸星先生ただ一人。諸星先生はアートマンなのではないか?
それにしてもこの作品を「週刊少年ジャンプ」で連載していたというのが驚きである。
読者アンケートの結果が悪ければ、容赦なく連載をあっという間に切られたであろう当時の恐怖のジャンプシステム。読者の反応はどうだったのだろう?
尻切れトンボにならず、世界の黄昏に見事にキッチリドンヨリ着地しているが、この作品に関しては最初から全6話と決まっていたのだろうか?
そしてこの複雑で濃密な作品を、諸星先生は時間に追われまくる週刊連載でどうやって描き切ったのだろう?
色んなことが謎の(もしかしてインタビューなどで話されているのかもしれないが)奇跡のような傑作だ。
その原作を、上下2巻に分けて、ほぼ忠実にアニメ化。
諸星作品は実写化なら塚本晋也監督の傑作、青春の夏の匂いがする「妖怪ハンター ヒルコ」や、小松隆志監督が見事にオラたちを《ぱらいそ》さ連れてってくれた「奇談」などいくつかある。
しかしアニメ化は今のところ本作ただ一つである。
初めて観た時「おお!諸星先生のあの絵がアニメで動いている!」というだけでも感動した。作画は安定して美しく、川井憲次さんの音楽も荘厳な雰囲気でミステリアスな物語を盛り上げる。
原作同様、めまいがするほど情報量が多い作品。
しかし、キーパーソンの竹内老人のナレーションを効果的に使うことで丁寧かつ親切に物語を進行させている。
混乱&小首をかしげて半跏思惟のポーズになることなく、謎と陰謀うずまく緻密で壮大すぎる暗黒神話世界に安心して身を投じることができるだろう。たぶん!
いや、せっかくだからまだの方はこの機会に原作も読んでおきましょう!