『チョーク色のピープル』大人のわたせワールド

■監督:神山晃
■1988年
■54分

 

小学校3年の時。
脱サラした父が始めた小さな喫茶店に、週刊マンガ誌《モーニング》が置いてあった。
そこに、ひときわ目を惹くフルカラーのショート作品、あの『ハートカクテル』が鮮やかに絶賛連載中であった。

 

 

……しかし、何を隠そう、この私。
わたせせいぞう先生の大ヒット代表作であり、多くの大人を酔わせたこの『ハートカクテル』のウマさ、凄さ、おもしろさが、ヤクルトばっか飲んでたチビッ子当時、さっぱり全然わからなかったのである!

 

何度かチャレンジするものの「このマンガ…いっつもなんか意味ありげなんじゃが…いっつも意味がようわからんのう!ジャンプじゃったらすぐ連載終わっとるで!」と、最低の感想を抱きつつ、ページをバラバラめくりまくり、江川達也先生の『BE FREE!』とか、どっかに青年誌ならではのオッパイがポロリしてないかエロサーチに夢中であった。

 

しかし、そんな最低の私の思いとは逆に『ハートカクテル』の世の評価は日に日に最高に。
5分ぐらいの短編としてアニメ化され、たしか夜の10時ぐらい、番組と番組の合間に、まるでシブい大人の一服のように放映された。

 

 

また、さまざまな広告で わたせ先生のイラストが起用されまくり、あちこちで見かけるようになった。
マンガなどほとんど読まぬ父も、私が開いていた《モーニング》の『ハートカクテル』のページをたまたま目にするや「こりゃどしたんなら!絵がバリクソきれいじゃのう!」と汚い広島弁でバリクソ誉めていた。
そんな、わたせせいぞう先生の高評価大活躍を、チビッ子の私は「なんでかのう…?」と、大変失礼ながら不思議な思いで見ていた。

 

 

しかし、これは仕方ないと思う。
ワケあり男女の恋模様を、鮮やかなフルカラーで、抑制の効いた上品な演出で、時に粋に、時に渋く、時に切なく描き出す『ハートカクテル』。
これが沁みるのは酒と同じで、やはり大人になってからだと思う。

 

『チョーク色のピープル』も、そんな大人のわたせワールド。
「チョーク色の建物」と呼ばれる海の見える丘に建つ白亜のアパートメントを舞台に、ワケありピープルの人生模様を、ジャズやR&Bの名曲にのせて描いたショートストーリー集である。

 

 

全11話からなる原作の中から、OVA版は5つのエピソードを厳選チョイス。
第1話は「汐風になく建物」。
自分の存在が父と「新しい相手」を苦しめていることを知ってしまった子供の小さな心の悲鳴。
居るべきではないと知ってしまった場所、もう戻らぬ日々との別れが切なく描かれる。

 

 

第2話は「兄と妹」。
記憶もおぼつかない幼い頃、親の離婚で離ればなれになった兄と妹。
結婚を間近に控える妹の前に、幻のように現れたあの人はもしかすると…
ノーマン・ロックウェルの絵にインスパイアされたというラストカットが優しく胸を打つ。

 

 

第3話は「サイドカーはキミの予約席」。
亡くなった兄の妻にプロポーズする弟。
約束の時間、コスモス畑で待つ彼の元に、果たして彼女は現れるのか?
男の夢と女の現実。
「予約席にあったもの」が何とも言えぬ余韻を残す。

 

 

第4話は「Sometimes I’m Happy」。
バーのオーナーの元に金の無心に来た男。
それは、昔、結婚を誓った女の夫であった。
数日後、その女も店に現れる。久しぶりに再会した彼女が口にしたのは…
すれ違いと別れ。
そして2度目の別れと優しい嘘。
切なさに胸を締め付けられるような名編。

 

 

第5話は「サンタのカルテットがやって来た」。
戦争が生んだ悲劇。
時を超え、弔いのジングルベルが鳴る。

 

 

全5話とも、わたせ先生の絵をほぼそのまま落とし込んだ静止画で展開。アニメ処理はほんの一部だけ。ほとんどなし。
登場人物たちのセリフもあの独特な「わたせフォント」で表示され、アニメ版『ハートカクテル』ではあった声優の起用もなし。
そんな中を、ゲストボーカルとして招いたボサノバの女王、アストラッド・ジルベルトの歌声がムーディーに流れるというアダルトでアヴァンギャルドでアートな作品。
そしてどのエピソードも、癒えることのない哀しみを胸に刻んだ大人たちの切なさに満ちている。

 

 

80年代OVAの中でも明らかに異色なこの『チョーク色のピープル』。
大人の皆さまにぜひ。