■監督:吉永尚之
■1988年
■90分
マンガ好きであるならば一刻も早く読んだほうが良い大名作『めぞん一刻』!
その唯一のOVAである『めぞん一刻 番外篇 一刻島ナンパ始末記』を、このサイト《80年代OVAのススメ》でオススメし、作品の根本的な部分について次のように書かせて頂いた。
この『めぞん一刻』という作品はとんでもなくチャーミングでスリリングで、日本中のマンガファンが2人の恋の行方をドキドキハラハラ見守ったパーフェクトなラブコメだ。
そして同時に、死者への想いに囚われた1人の女性がそこから解放されるまでを描いた、根本的にはとてもシリアスな作品でもあると思う。
シリアス!
そう!
『めぞん一刻』という作品は、必笑のるーみっくギャグが毎回毎ページ炸裂しまくる中、時々ふと影がさすように、キャラクターたちと共に読者からも笑みが消え、思わず顔がひきしまるシリアスなシーンが描かれるのである。
そんな中で、個人的にとんでもなく身につまされ、ギリギリと胸を締めつけられたシーンがある。
愛する夫を亡くした後、他の人を好きになってしまうことへの罪悪感に苦しむヒロインの響子さんではなく、五代くんに関するシーンである。
響子さんと初めて出会った頃、しがない浪人生だった五代くんは、何とか大学に受かるも卒業間際にムチャクチャ苦労する。
内定していた会社が倒産し、就職浪人。
仕事を探しつつやっていた保育園のバイトを人員削減のためクビ。
毎日ニコニコと手作り弁当を渡してくれる響子さんにそのことを打ち明けられず、内緒で必死に仕事探しに奔走するも、どこも門前払い状態。
生活に困っていたところ、ほぼだまされるような形でキャバクラ勤め。
客引きやビラ配り、ホステスさんの子供たちの面倒を見つつ、合間を縫ってコツコツと保父の資格取得の勉強などなど…
次から次へとまるでマンガのような不幸苦労のしょい込みかたである!
そして私が「個人的にとんでもなく身につまされ、ギリギリと胸を締めつけられた」というのはここ!
保育園のバイトをクビになり、必死で職探しをするも見つからず、ボロボロに疲れ果てた五代くんが公園のベンチに腰掛け、響子さんの愛情弁当を食べようとして泣くシーンである。
このシーンのリアリティはすごい。
何もかもうまくいかず、努力も報われず、夢ははるか彼方。
仕事も失くし、愛する人を幸せにするどころか明日の自分の生活すらままならず、「死」や「消えたい」という思いが頭の中によぎり始めた時、男が疲れ果てたその身を最後の止まり木のようにグッタリとゆだねるのは、なぜかいつも「公園のベンチ」なのである。
例えばここ数年だと、地獄家族映画の名作『葛城事件』でも、人生どん詰まりになった長男が自殺前に公園のベンチに腰かけているカットがあったように思う。
この映画がぜんぜん他人事じゃなかったダメ人間の私は、今までの人生で、悪夢の無限ループ映画みたいにもう何度も何度もこんな感じで公園のベンチにヨッコイショしてきている。
なので五代くんのこのシーンは、とんでもなく身につまされ、ギリギリと胸を締めつけられた。
いや!愛情弁当がなかったぶん、むしろ私のほうがまだマシだったのかもしれない!
とにかくこのシーンのリアリティは本当にすごい。
ハローワークに目隠しで通えるほどの元プロ失業者の私が言うのだからまちがいない。
暖かな陽射しの中、のんびり話しかけてくる優しそうなおばあちゃんの存在も効いている。
このようなマジで脱落5秒前みたいな時って、不思議と誰かに優しく話しかけられたりするものである。
引きのコマになり五代くんの顔は映さないのもすごい。
何も知らずニコニコ楽しそうな響子さんとの対比も残酷ですごい。
高橋留美子先生は在学中にデビューし、初週刊連載の『うる星やつら』が大ヒット!あっという間に宇宙に名が轟く人気マンガになられた。
なので、おそらくこのような失業の経験というのは、なさってないのではないかと思う。
なのになぜ、このようなリアリティーで描くことができるのか!?
私なんぞがあらためて言うことでもないが、本当にものすごい方である。
そして私は、この五代くんの怒涛の連続大苦労に、勝手な印象ではあるが高橋留美子先生の厳しさのようなものを感じた。
「そんな簡単に響子さんを手に入れてしまっては困る」と。
結果、最初はスケベでさえない頼りない浪人生だった五代くんは最終巻では見ちがえるほどたくましく成長!
響子さんだけでなく日本全土を泣かせた、あの「墓前の独白」を見事にキメるのだ!
『めぞん一刻 ~移りゆく季節の中で~』はテレビアニメ版の総集編ビデオである。
響子さんと五代くんの出会いから結ばれるまでの2人の恋路を、移りゆく季節ごとに章立ててまとめたもの。
あらためて観るとテレビアニメ版は、青年誌掲載ゆえアダルトな描写やセリフも時々飛び出していた原作マンガ版に比べてやっぱりちょっぴりマイルド。
日本中の読者が騒然となった「響子さんと五代くんがついにラブホテルに入ってしまうがフニャチンで入らない事件」は丸ごとカット。
そして、留美子先生の思うがままにドキドキハラハラじらされた15巻かけた長くステキな前戯のようなストーリーの果て、ついに結ばれる2人の姿をフルヌードでキッチリと描いてくださった あの「契り」。
当時「あれって…テレビアニメではどうやるんかのう…?」と、母ちゃんもそばにいる部屋のブラウン管の前でドキドキしてたら、2人がキスしたところで一刻館の引きの絵になり窓の明かりが消えるという「ご家族で観てもだいじょうぶ演出」がほどこされていた。ホッとマイルド。だけどなんかちょっとズコー。
でもしかたない。当たり前だ。全国の母ちゃんたちもチビちゃんたちもみんな観とる水曜の夜の7時半だからな!
そんな、私が個人的にはちょっと物足りなかった部分をこのビデオでは新作画で!…とはならず、本作は純粋なるテレビ版の総集編である。
ビデオならではの追加要素はほぼない。つまりOVAではない。この《80年代OVAのススメ》ですすめるのはサイトの趣旨に合わないかもしれない。
しかし前の『めぞん一刻 番外篇 一刻島ナンパ始末記』の紹介記事だけでは、「いつかワシも上京する!ほいで響子さんみたいな美人管理人のおるアパートに絶対住む!」と私を含む田舎の童貞すべてにメラメラ決心させた我が青春の『めぞん一刻』について語り足りなかった。
なのでここでこのビデオ作品を取り上げ、前に続いて《ひとりBSマンガ夜話『めぞん一刻』その2》をやらせて頂いた。
本作は90分というなかなかの長尺ではあるが、あくまでテレビアニメ版の総集編であり、初見の方が『めぞん一刻』という最高のラブストーリーを1本の映画のように楽しめる作りにはなっていない。
しかしファンの方であれば、数々の名シーンや、島本須美さん&二又一成さんをはじめとする声優の皆さまの名演、《ザ・ベストテン》に何週にも渡ってランクインしていてアニメファンみんながなんか誇らしく感じてた斉藤由貴さんのあのオープニング、音楽、昭和アニメ特有な回ごとの大胆な絵柄の違いや変遷などなどを、きっととても懐かしく微笑ましく観ることができるだろう。
- オススメ度…60/100(『めぞん一刻』のファン向け)
- 無料動画の配信…なし
- 有料動画の配信…なし
- ソフトのレンタル…なし
- ソフトの販売…中古のVHS、DVD、Blu-ray BOXにも収録!
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